第3章:CPCシステムズGmbH/ローマ帝国の現代的俯瞰
(CPC:Cellular Process Chemistry:マイクロリアクタ化学合成システム)

ローマ帝国の現代的俯瞰(2012年 筆)

1.なぜローマ帝国に関心を?

一時期ドイツの会社に勤めていたこともありいくつかのヨーロッパの国を訪問する機会を得た。これらの国々は永い歴史の中で幾多の戦乱・紛争を繰り返しながらも、現在アメリカ合衆国とも区分される西欧・東欧に共通の生活圏・思想を有するEU欧州連合を形成している。

「ローマ帝国は現代のEU欧州連合か?あのローマ人は何処から来て、何処に行ったのか?」との自らの問いかけであった。


2.主要名称の語源
主要名称について先ずその語源をご紹介する。
①ラテン:広野の意味。現イタリア・ラテイオ州でローマを中心にした地域名。この地にBC8世紀、ラテイウム(Latium)という都市国家があり、やがて都市国家ローマとなる。
②ローマ:伝説上のローマ建国の王ロムルス(Romulus)に由来。
③イタリア:今のフィレンツエ(ローマの250km北)には都市国家エトルリア(Etruria)があった。BC6世紀に都市国家ローマに併合されたがエトルリアの名はイタリアに残す。
④ゲルマン民族:ローマ人に呼ばれた他称である。曠野の地ゲルマニア地方に居住する諸種族の総称。フランク族、アングロ族、サクソン族など多くの種族を含む。

3. ローマ帝国を構成した民とは?
(3-1)ローマ帝国を構成した民はどのような人達であったのか?圧倒的に優れた民がいたから繁栄は可能だったのか ---- との素朴な疑問について見てみる。
世界の種族を大別すると要素により次の通りである。
    はローマ帝国の主構成員を指す。
①人種(生物学的な族):コーカソイド、モンゴロイド、ネグロイド、オースト ラロイド
②民族(同じ言語を共有する族):ラテン民族、ゲルマン民族、中華民族など
③種族・人(民族と類似区分であるが、相対的に規模の小さい族):ギリシア人、エトルリア人、ガリア(ケルト)人、エジプト人、アングロ族、サクソン族、フランク族など

コーカソイドとはいわゆる白人だけでなく、中東・インド亜大陸の主要民族、並びに北アフリカ人の一部も含んでいる。


(3-2)なぜローマ帝国の時代に、同じコーカソイドでありながらラテン民族がゲルマン民族を圧倒していたのか。その違いは文字を有したか否かである。文字の絶対的優位性はそれを持たぬ国の文明までも支配し、自らの文明を進化させる必須の要因であったことは古代のラテン民族にも中華民族にも共通して見られている。

4. ローマ帝国の誕生から滅亡へ(中国、日本との比較)
BC 753年: ローマ建国
BC 6世紀: 王政から共和政へ
(孔子:前6~5世紀、秦始皇帝:前3世紀、日本縄文時代:前3世紀まで)

BC 49年: カエサルがルビコン川を渡りガリア(フランス)からローマに凱旋
BC 27年: 共和政から帝政へ
380年: キリスト教を国教に制定
395年: 東ローマ帝国と西ローマ帝国に分裂
476年: 西ローマ帝国滅亡
(隋唐時代:6~10世紀、日本弥生時代:前2~後5世紀、魏志倭人伝に3世紀の卑弥呼の記述)


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(図1) 192年のローマ帝国の最大領域(Webより引用)

上図はローマ帝国、属州、同盟国を含む。ローマ帝国はブリタニア(イギリス)の中央部、ライン川、ドナウ川、ユーフラテス川上流を国境と策していた。地中海はまさにローマ人の「我らが海」であった。

(注)上図最大領域時にはドナウ川を超えたダキア地方(現ルーマニア)も含んでいる。

5. ローマ帝国の特徴
(5-1)人間の行動規範を「ユダヤは宗教に、ギリシアは哲学に、ローマは法律に」求めた。

(5-2)ローマの政治体制は「王政:元老院・王・市民会議の3体制」→「共和政:元老院・政務官・市民会議の3体制」→「帝政:元老院・皇帝・市民会議の3体制」と発展。
一方中国の政治体制は秦始皇帝以来2200年以上「帝政」が続き100年前に「共和制」にと逆の進展をしている。

ローマと中国は同じ日本語「皇帝」の称号を冠しているが、実体は大きく異なる。ローマ皇帝は市民会議・元老院からなる共和政の信託を受けて就くものであり、米国の大統領のように信任(選挙)の洗礼を受けなければならない。この点中国の皇帝は民を救い国を統ぶる天命を神から託された天子であるとの天命思想に基づいており異なるものである。


(5-3)ローマ帝国の政治・社会制度の特徴は次のように言われている。
①共和政を土台にした政治体制。そして従属させた属州、同盟国をも柔軟に帝国 の一員として組み込み、属州出身の皇帝まで輩出していった汎ローマ的統治。
②そして卓越した3大技術が「軍事」「土木工事」「法律」。

上記特徴を見ると、深化拡大を続けているがキリスト教を共通軸にするEU欧州連合よりも、移民による多人種社会を前提にした国家を運営し、摩天楼を築き上げ、世界の警察を標榜し、アフリカ系の大統領も輩出したゲルマン民族アングロ・サクソン系の米国の方がローマ帝国に似ていると思われる。


(5-4)都市国家としての初期の時代のローマはギリシアの諸都市国家と競合したが、カルタゴ(チュニジア)とのポエニ戦争を勝利し、地中海の覇権はローマに統一された。それでもローマはギリシアの哲学・芸術に畏敬を払い続けた(欧州人のギリシアへの、米国人の英国への、東京人の京都への想いと似ているかも)。

なお西ローマのラテン語に対し東ローマはギリシャ語が公用語。


(5-5)ローマ帝国の経済構造を見る。ローマ帝国の地勢的拡大の過程で、皇帝自身、元老院議員、属州総督、貴族などの直轄地や大規模農園からの富を所有する階級による富の偏在が問題視されるようになった。
そこで初代皇帝アウグストウスは次の税制改革を行った。
①間接税は2.5~6%が全国民に。
②直接税は支払いの義務と、相対する国家への責務を次の通りに。
・ローマ市民権所有者:軍団兵として帝国の安全保障に責任を持つ。直接税はなし。奴隷解放税と相続税が各5%。
・ローマの同盟国、属州民:収入の10%(ただし兵役勤務者は免除)。

しかしこの国家収入では広大な帝国の維持は難しい為、初代皇帝アウグストウスは利益の社会還元を政策化した。恵まれた者の公共事業への私財投入である。アッピア街道、ポンペイウス劇場、クラウデイウス水道など家門名をつけた公共事業を自らも率先して行った。

ギリシアを源とするノーブレス・オブリージュ(恵まれた者の社会的責務)はローマ、中世騎士道を経て現代まで西欧人の心的規範として引き継がれてきた。

なおローマ帝国は医療と教育を「公」の担当とはせず、医師や教師にローマ市民権を与えるなどの民間事業での振興を進めた。ちなみにこの医療と教育の民間頼りは現在の米国も同じである(この後2009年2月公的医療保険改革を公約としたオバマ大統領就任、米議会で賛否219vs212の抵抗などを受けたが2010年3月法案成立)。


(5-6)図2(上)はローマ帝国の道路網である。3世紀末の幹線道路総延長は8.5万キロメートル、路肩を含めて幅10メートル、石舗装、山谷でも平坦に通した巨大インフラであった。
支線道路まで含めると総延長29万キロメートル。
ちなみに現在のアメリカ合衆国の国土はローマ帝国の1.3倍である。その高速道路(有料・無料含む)の総延長が8.9万キロメートルとローマ帝国(8.5万キロメートル)とほぼ同じである。(日本の高速道路総延長0.9万キロメートル:全て有料:2009年)
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(図2)塩野七生著「ローマ人の物語」より

図2(下)は中国の万里の長城を比較的に示している。あえて言えば中国が万里の長城建設で防衛を図ったが、ローマは道路、水道建設を通じて防衛・殖産を図ったといえる。

「全ての道はローマに通ずる」は歴史・文化の源流を表す言葉であるが、現実の道路も納得させられるものであった。


6. ローマ帝国とユダヤ教、キリスト教
(6-1)旧約聖書によればユダヤ教は4000年前からメシア(救世主)の出現を望み、厳しい律宗生活を行ってきた。その厳しさから権力者、民衆から排斥を受け続けてきたことはご承知の通りである。

三次にわたるローマ帝国とのユダヤ戦争で、135年エルサレムは廃都とされユダヤ教徒の立ち入りは禁止となり、ユダヤ教徒の全世界的な散住(デイアスポラ)は1950年のイスラエル建国まで続いた。


(6-2)キリスト教はユダヤ教から生まれた。キリストをメシアと信じ、ユダヤ教よりも緩やかな教えを実践し世界宗教に発展していった。380年ローマ帝国の国教となった。

西ローマ帝国滅亡後も新しい支配層であるゲルマン民族(ドイツ、フランス、英国など)の帰依を受け、一方ビザンチン帝国(東ローマ帝国)は15世紀までキリスト教の東方ヨーロッパへの発展を担った。


(6-3)敗者・異教徒さえも包容するローマ帝国の柔軟性は多神教社会であったことによると言われている。ギリシアも同様に多神教であった。

皮肉的ではあるが、キリスト教の国教化(380年)の後100年を待たずにローマ帝国が崩壊(476年)したのは一神教化がその重要な誘引であったとの指摘は多い。


7. パクス・ロマーナとローマ帝国の滅亡
ローマの帝政のうち五賢帝時代(96年-180年)は最盛を誇りパクス・ロマーナ(ローマによる平和)と称された。

ローマ帝国滅亡の原因としての通説「ゲルマンという蛮族によりローマ帝国は滅ぼされた」では1200年にわたる世界帝国ローマを成功に導いた自身の統治メカニズムと矛盾しよう。「476年ローマ皇帝ロムルス・アウグストウスが退位し、その後任が選定されなかった」ことによりローマ帝国は滅亡した。既に存在感が低下していた帝国の存亡はローマ市民にとって大事件ではなかった。

次のいくつかの要因によりごく自然発生的な政権交代であったようである。
①ローマの元老院、市民階級、軍などの主要ポストには既に多くのローマ市民権を有するゲルマン人が就いておりローマでの実権階級の構成員であった為、国民内での抵抗は少なかった。
②いわゆる蛮族と和平関係にあったビザンチン帝国(東ローマ帝国)はローマ帝国への援軍を送らなかった。
③ゲルマン民族もキリスト教に帰依していき、総本山ローマ教皇庁の権威は高まった。いわば弱体化したローマ帝国はキリスト教に吸収されていったといえる。

それにしても通説「ゲルマンという蛮族に---」の表現は、同様に外部地域に対して圧倒的な文化・力の差を誇っていた中華思想と共通しているようだ。こちらも「匈奴、鮮卑、吐蕃、卑弥呼」など偏見を十二分に文字化している。


8. 中世ヨーロッパとその後のビザンチン帝国(東ローマ帝国)と神聖ローマ帝国

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(図3)1150年頃のヨーロッパ(図説 世界文化地理大百科 橋口倫介監修 梅津尚志訳より)

(8-1)我々が学んだ古代・中世・近代の区割りにキリスト教は大きく関わっている。
①古代:ローマ帝国の滅亡まで(5世紀)キリスト教を国教後1世紀
②中世:キリスト教が世界の中心の時代。十字軍、王家・領邦の戦乱が繰り返された一方、都市および商工業が発達し近代への発展への蓄積の時代でもあった。(5世紀-15世紀)
③近・現代:キリスト教から人間性の解放、科学技術の独立の時代。人権宣言(イギリス 13世紀)、ルネッサンス(イタリア 14-16世紀)、宗教改革(ドイツ 16世紀)、フランス革命(18世紀)と続き現代に至る。

(8-2)ビザンチン帝国(東ローマ帝国)は15世紀までキリスト教の東方ヨーロッパへの発展を図った。15世紀にオスマントルコ帝国に滅ばされるが、堆積されたキリスト教文化は現在のトルコからEU加盟申請を受けて迷うヨーロッパ人の心的根拠ともなっている。

また直近の北京オリンピック開催中の出来事として、旧ソ連邦のグルジア(図1参照)がNATO北大西洋条約機構への加盟をめぐりロシアと軍事衝突をした。そしてそのグルジアをEUが支援している現状は、同地がローマ帝国の同盟国であったとの2000年をまたぐ汎ヨーロッパ人の絆から来るのではと思う。


(8-3)神聖ローマ帝国は8世紀から19世紀まで続いたドイツ、オーストリア、北イタリア地域における教会領・領邦・都市の集合体であった。皇帝はこれら領主から選任され、ローマ教皇庁により戴冠された。うち15世紀から18世紀まではハプスブルグ家(オーストリア)から多くの皇帝が就くことになったが、集合体国家を統一統治することは終にできなかった。

神聖ローマ帝国はフランス王家との緊張関係、ローマ教皇庁への従属関係で名目的に維持された国家といえる。18世紀の啓蒙思想家ヴォルテールによれば「神聖でなく、ローマ的でもなく、そもそも帝国ですらない」と揶揄された。


9.(設問)ローマ人は何処から来て、何処に行ってしまったんだろう?

あれほど地中海沿岸から現ヨーロッパに覇を唱えたローマ人は何処に行ってしまったのだろうか… 現欧米人(白色人種)のルーツはゲルマンやガリア人だとゆう… ゲルマンやガリア…他の異民族と融合してしまったのだろうか………?


(9-1)これまで記させていただいた通り、現代においてローマ帝国と類似しているのはEU欧州連合でなく、アメリカ合衆国(以下アメリカと記す)であることは多くの方のご理解を得られると思う。

したがってこの設問を考えるにあたって、ローマ帝国をアメリカに、ローマ人をアメリカ人に、ラテン語を英語に置き換えてみる。

現代のアメリカはイギリス系、アイルランド系、ユダヤ系、アフリカ系、アラブ系、中南米系、東洋系アメリカ人など多くの種族・人から構成されている。そして彼等を結ぶアメリカの言語が英語である。

そしてその英語を話す人種(生物学的な族)はコーカソイドといういわゆる白人種、ニグロイド(黒人種)、モンゴロイド(黄色人種)などからなる多人種のアメリカ人なのである。

したがって「アメリカ人は・・」と一括くりで呼ぶことに皆さんはしっくりこず、そのイメージが浮かばないのが現実かと思います。20世紀の豊かなアメリカ社会や世界に展開してきたアメリカ兵の報道からコーカソイド=アメリカとのイメージを植え付けられてきたのだが、現実はコーカソイドもニグロイドもモンゴロイドなどからなる多人種が混在しているのがアメリカ人なのである。


同様にローマ帝国といってもその構成種族・人は今で言うイタリヤ人、ギリシア人、ガリア人、アフリカ人、中東人、ゲルマン系のフランク族、アングロ族、サクソン族などから成る多種族・人国家であったのです。そして彼等ローマ人を結ぶ言語がラテン語だったのです。

ただコーカソイドとはいわゆる白人だけでなく、中東・インド亜大陸の主要民族、並びに北アフリカ人の一部も含む概念です。したがってローマ帝国の範図の殆どはコーカソイド人種のみの生活空間であったという点は、コーカソイド、ニグロイド、モンゴロイドからなる多人種の生活空間であるアメリカと大きく異なる点である。

ローマ帝国 アメリカ合衆国
民族/種族・人 多 民族/種族・人 多 民族/種族・人
人種 コーカソイドの単人種 コーカソイド、ニグロイド、
モンゴロイド、オーストラロイドによる多人種


さて設問「あのローマ人は・・・」とよく言われるローマ人は実は彫刻、絵画、映画でローマ兵として颯爽と描かれるコーカソイドを我々が先入観で植え付けられていたのだろう。現実には今と変わらぬ中東・インド亜大陸の主要民族、並びに北アフリカ人からもなるコーカソイド=ローマ人が住んでいると言える。

ローマ帝国と類似のアメリカ合衆国において次の仮定をしてください。①仮に500年後にアメリカという国が無くなり、地図から国境・州境の赤い線が無くなる。ただし住民は変わらず住んでいる ②代わって新たにA,B,Cの国が誕生し赤い国境線が形成された ③A,B,C各々の国民は「我こそはあの栄光あるアメリカ人の末裔である」と誇らしく語る。

以上は現在のイタリア、フランス、スペインの国民が「我こそはあの栄光あるローマ人の末裔である」と誇っているのと同じプロセスです。「ローマ人はどこに行ったのか?」との設問に対しては「昔と同じ種族・人が今も変わらず住んでいる」とお応えしたい。


(9-2)「昔と同じ種族・人が今も変わらず住んでいる」とお応えしてから少し気になっていることがある。それは「古代ローマ帝国」に夢を持っておられた自分を含めての方々を「なんだ・・憧れていたのにつまんない・・・」と思わせてしまったかも知れないことです。

しかしこれらの「敗者をも含む多種族・人を同化させる国家思想・体制」がローマ帝国もアメリカも歴史上高く評価されてきたものなのです。「この国家思想・体制を歴史上最初に創造したローマ人は何処から来たのか?」についての伝聞を下記紹介させていただく。


紀元前2000年ほどの頃、小アジア(現トルコ)にはヒッタイト王国という人類初の鉄器を持った国が隆盛を誇っていた。その末裔にトロイア(図1参照)という都市国家があった。このトロイアに対してミケーネ(図1参照)を中心とするギリシア人の遠征軍が行ったギリシア神話上の戦争がトロイ戦争(BC1200年頃)である。 

ギリシアに敗れたトロイア人達は500年を経てイタリア半島中部のラテイウム地方にたどり着き、地元のラテン人と融合してここに都市国家ローマとローマ人が形成された(ローマ建国BC753年)。その後ローマは広大なローマ帝国を形成するまで拡大し、ギリシアも支配することになった。


以上はローマ人の末裔たちが好んで用いる伝承であり、歴史的に確立された学説ではない。しかし「ギリシアに敗れた小アジアの末裔が500年を経てローマを建国し、やがて仇敵ギリシアを支配する」というストーリは超々大河ドラマとしてなんとなく納得するものである。


来し方と行きし方が後先になってしまったが、「ローマ人の末裔は昔と同じ種族・人が今も変わらず住んでいる。しかしローマ人の誕生は古代ギリシアをめぐる都市国家間の新反応からであった」と記させていただく。


10. ローマ的なこと
① ぶどう酒:ローマではぶどう酒が好まれた。帝国の各地でぶどうが栽培され、今日のヨーロッパ共通の一風景となっている。
② 公衆浴場:大規模な公衆浴場を帝国、属州、同盟国にも設け、市民の日常生活での娯楽と公衆衛生にも益した。
③ ローマ字:キリスト教と共に日本に入ってきたラテン文字。後にラテン文字からアルファベットへと修正されている。西欧の諸言語の影響を受けた様々な表記が現在も残る。
Kwansei Gakuin(関西学院)やShimadzu(島津製作所)
④ロマン派(浪漫派):ギリシア・ローマ文化回帰主義。ロマネスク建築は前期中世の様式で大きな円弧状開口部を持つ。後期中世のゴシック建築に続く。
⑤永遠の都:2500年の歴史とローマ教皇庁を有するローマはヨーロッパ万民の都。

11. 終わりに

一つ一つが壮大な主題であるのに、自分の理解能力に合わせて単純化しすぎたことを、次のお教えいただいた先生方に深くお詫び申し上げる次第です。


(教えていただいた先生方:敬称略)
塩野七生、弓削 達、伊藤俊太郎、大澤武男、阿部謹也、菊池良生、武光誠、橋口倫介、梅津尚志、モンテスキュー(田中治男/栗田伸子 訳)、Eギボン(中野好夫 訳) 

以上
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